借地期間満了時の5年前まで建物取壊し免除を地主が宣言するもので、その方法を契約条項として付加した点が特徴です。現在の一般的な定期借地権に比べて、借地人と地主の両方の負担はほとんど変わりません。このため、建物の長期利用の可能性を残すために、すべての定期借地権事業での採用が期待される方式です。
(契約書に本約款を添付して使用します。試作版のため使用にはご注意下さい)
【一般定期借地権(取壊免除方式)の概要は以下の通りです】
@ |
まず、借地に長期利用に配慮した集合住宅を建設します。 |
A |
その後、約50〜60年間(期間は最初に契約書で定めます)は、土地は借地で、建物は区分所有者の持ち家になります。建物の所有者(借地人)は、土地所有者に地代を払います。 |
B |
建物の所有者は、借地期間満了時における建物の取壊し費用を毎月積み立てます。 |
C |
土地所有者は、借地期間満了の5年までに、借地期間満了時の建物取壊し免除を書面で宣言することができます。なお、宣言がない場合は、借地期間満了時において、建物の所有者らは協力して建物を取り壊し、更地にして土地を返還します。 |
D |
建物取壊し免除が宣言された場合、建物の所有者らは、それまでに積み立てた建物取壊し費用を土地所有者に預託します。土地所有者は預託金の6割以内を用いて、建物の修繕を行うことができます。預託金の残高は、借地期間満了時に返金されます。 |
E |
建物取壊しが免除された場合、借地期間満了時に建物は土地所有者に無償譲渡されます。建物の所有者(借地人)は、新規契約が成立しなければ建物から退居します。 |
一般定期借地権(取壊免除方式)の解説
本約款のポイントである以下の3点を解説する。
- 建物取壊し免除の宣言を期間満了の5年前までとしたこと(約款21条1項)
- 建物取壊し等の積立金の6割以内を修繕にあてるとしたこと(約款23条4項)
- 仮登記手続きを定めたこと(約款24条)
1.建物取り壊し免除に関する宣言の時期について(約款21条1項)
一般定期借地権(取壊免除型)の標準約款においては、地主は、定期借地契約の存続期間満了よりも一定期間前に、借地人による建物取り壊しを免除する旨の宣言をすることができるものとしている。この宣言の時期については、約款案では、土地賃貸借の存続期間満了の5年前(定期借地権の存続期間60年間の場合は55年目)までとしている。以下に、そのように判断した理由を解説する。
【考慮すべき事項】
- 建物が価値を失う前に存置を決定しないと、建物維持管理の放棄が起こる恐れがあるため、建物が価値を有する時期に地主が宣言する必要がある
【モデルケースでの試算1:定額法による減価償却で建物価値が減じると仮定した場合】
建築工事費(設計料込み):80万円/坪
スケルトン建築費=建築工事費×スケルトン比率70%=56万円/坪
解体工事費:建築工事費の8%と仮定:80万円×8%=6.4万円/坪
(現在価値として変わらないものと仮定)
期間60年間の定期借地権で、スケルトンの価値が直線的に減価すると仮定すると
n年後のスケルトンの残価=スケルトン建築費×(60−n)/60
n年後の建物の価値=n年後のスケルトンの残価−解体工事費
=建築工事費×70%×(60−n)/60−建築工事費×8%
=建築工事費×(62%−70%×n/60)
n年後の建物の価値≧0であるためには、n≦53.1年
なお、スケルトン比率が60%のときには、n=52年
スケルトン比率が80%のときには、n=54年
したがって、n=52年(定期借地権の残存期間8年)としておくと、ほぼ、建物価値がゼロ以上に保たれると考えられる。
【モデルケースでの試算2:収益還元法のアプローチ】
- 建物と定期借地権が一体となって生み出す将来の純収益の現在価値から建物解体工事費を差し引いた価格を建物と定期借地権の残存価値と考える方法
――― 試算1に比べると、定期借地権の価格が含まれるが、理論的には明快な価格と考えられる。
試算1の設定に加え、延べ面積に対する専有面積の比率を85%、新築時の賃貸した場合の月額賃料を建築工事費の1%、築50〜60年程度経過した時点での賃料を新築時の80%、入居率を90%と仮定すると、年間賃料収入は次のように求められる。
年間賃料収入=建築工事費×85%×1%×12ヶ月×80%×90%
=建築工事費×7.344%
経費率を30%とすると、年間純収益A=建築工事費×5.14%
純収益を求める際の年間期待利回り(割引率)をiとおくと、定期借地権の残存年数m年の場合の建物と定期借地権の残存価値は、次の通り求められる。
割引率i=5%としたとき、定期借地権の残存年数mを1≦m≦10としたときの建物と定期借地権の残存価値の建物1坪あたりの数値は次表のとおり試算される。
残存年数m |
1/(1+i)^m |
純収益の 現在価値 |
純収益の現在 価値の総和 |
解体工事費 の現在価値 |
建物と定期借地権 の残存価値 |
1 |
0.952380952 |
39,162 |
39,162 |
64,000 |
-24,838 |
2 |
0.907029478 |
37,297 |
76,459 |
64,000 |
12,459 |
3 |
0.863837599 |
35,521 |
111,980 |
64,000 |
47,980 |
4 |
0.822702475 |
33,830 |
145,809 |
64,000 |
81,809 |
5 |
0.783526166 |
32,219 |
178,028 |
64,000 |
114,028 |
6 |
0.746215397 |
30,684 |
208,712 |
64,000 |
144,712 |
7 |
0.71068133 |
29,223 |
237,936 |
64,000 |
173,936 |
8 |
0.676839362 |
27,832 |
265,767 |
64,000 |
201,767 |
9 |
0.644608916 |
26,506 |
292,274 |
64,000 |
228,274 |
10 |
0.613913254 |
25,244 |
317,518 |
64,000 |
253,518 |
建築工事費=800,000円/坪、年間純収益=建築工事費×5.14%=41,120円/坪、割引率i=5%
試算2によると、建物と定期借地権の残存価値は、残存年数2年まではプラスであり、残存年数1年以下となるとマイナスになる。この試算によれば、期間60年間の定期借地権の建物と定期借地権の残存価格がマイナスとなるのは59年目以降であり、58年目(定期借地権の残存期間2年間)までは、残存価格はプラスになるものと考えられる。
【宣言の時期に関する考察】
- 以上、モデル試算1(定額法による減価償却)による場合は52年、モデル試算2(収益還元法)による場合は58年以内であれば、建物の価値がプラスであるとの試算を得た。すなわち、定期借地権の存続期間満了の8年前(モデル試算1)もしくは、2年前(モデル試算2)までに、地主が建物の取り壊しを免除する旨の宣言を行えば、その宣言時点での建物の価値はプラスということになる。ただし、モデル試算2の場合には、定期借地権の残存価値を含めた建物の価値がプラスとなる試算であり、定期借地権の残存価値を考慮すると、より、早い時期に建物の価値はマイナスになる可能性がある。
- モデル試算1は、定額法による減価償却を基にしたわかりやすい手法であるが、超長期耐用住宅対応の定期借地権の標準約款を目指す本研究においては、そもそも、スケルトンの耐用年数を60年と設定することに疑問が残る。一方、モデル試算2は、当該建物を賃貸した場合の賃料収入という市場価値に基づく収益還元法による試算であり、経済合理性をもった説得力ある試算と言えよう。したがって、理論的には、モデル試算2に基づく試算を重視することが合理的と考えられる。
- しかしながら、土地賃借権の存続期間満了時に相当近い時期まで、地主による建物取り壊し免除の宣言の有無が不明な状態が続くと、借地人にとっての将来の見通しが不安定となり、建物の管理運営にも悪影響を及ぼす恐れがあり、ある程度の余裕期間をもって、宣言の時期を定めることが、制度の運用上、必要な事項と考えられる。
- 上記のような判断から、試算1と試算2の中庸値を採り、地主による建物取り壊し免除の宣言の時期は、定期借地権の存続期間満了時の5年前までと設定した。
- なお、上記のように設定した場合、試算2における定期借地権の残存価値を除いた建物のみの残存価値は、次のように試算される。
<存続期間満了時の5年前における定期借地権の残存価値>
建物1坪当たりの土地単価を100万円、定期借地権の一時金額を土地単価の20%と仮定すれば、存続期間60年間のうち5年間を残した時点での建物1坪当たりの定期借地権の残存価値は、100万円×20%×5年/60年=16,667円
<存続期間満了時の5年前における建物と定期借地権の残存価値の合計>
前頁の表より、114,028円
<存続期間満了時の5年前における建物のみの残存価値>
114,028円−16,667円=97,361円 > 0
【結論】
上記の検討の通り、地主による建物取り壊し免除の宣言の時期は、定期借地権の存続期間満了時の5年前までが妥当と思量される。
2.地主宣言後の修繕費として、土地原状回復のための積立金の何割を充当すべきか
(約款23条4項)
標準約款においては、地主による建物取り壊し免除の宣言の効果として、借地人らによる原状回復のための積立金の6割以内を用いて、地主が借地人らに代わり、建物修繕を実行できる仕組みとしている。以下に、6割以内とした根拠を述べる。
【原状回復のための積立金の必要額の試算】
東京地区の解体業者数社にヒアリングしたところ、RC造集合住宅の解体費は、2008年度下期で、建物施工床あたり、概ね、15,000円/u〜20,000円/u程度となっている。
マンション1室あたりで考えると、専有面積80uのマンションでは、施工面積が概ね、専有面積の1.5倍程度あるので、80u×1.5×15,000円/u〜20,000円/u=180万円〜240万円程度と試算される。
【大規模改修工事費の試算】
大規模改修工事については、その工事内容や建物規模等によって相当なばらつきがあるが、ここでは、早稲田大学小松研究室の研究(栗田啓介氏2007年10月)による分析データ(マンションの大規模修繕工事の計画・設計、施工監理を行っている東京建物リサーチセンター(株)が行った大規模修繕工事35件分のデータ)に基づき、試算する。
表1は、上記データの建物概要を示したものである。順にデータを示す。
表1: データの平均集計(建物概要)
|
平均値 |
戸数(戸) |
127 |
階数(階) |
9 |
建築面積(u) |
1816 |
延床面積(u) |
12501 |
竣工年 |
1987 |
築年数(年) |
18 |
修繕総費用 |
\119,764,709 |
平米当たり総費用 |
\13,206 |
戸当たり総費用 |
\1,042,620 |
図1:床面積(u)あたり修繕費用の分布
図1は、修繕費用の延べ床面積あたりの分布を表したものであり、1uあたり、1万円〜1.5万円を中心に、幅広く分布していることが分かる。
図2:戸あたり修繕費用総額の分布
図2は、1戸あたりの修繕費用総額の分布を示したものであるが、1戸あたり100万円前後のものが多いことが分かる。
図3:築年数と床面積あたり修繕費用の関係
図3は、築年数と床面積あたり修繕費の関係を表したものであるが、このグラフの相関係数は、0.295と求められており、相関性は低いと言えよう。なお、今回の検討は、定期借地権の存続期間の5年前における地主の宣言以降の大規模改修工事を対象としているが、それ以前に、長期修繕計画に基づき適正な大規模改修工事が行われていることを前提とした場合には、築年数の経過による補正(修繕費の増加)は、特段見込む必要ないものと考えられる。
図4:床面積あたり修繕費と延べ床面積のクロス集計
図4は、床面積あたりの修繕費と延べ床面積のクロス集計をしたものであるが、これを見ると、明らかに、大規模マンションほど、平方メートルあたりの修繕費用が少ないと言えよう。
<スケルトン定借(一般定借地主宣言方式)における地主による建物取り壊し免除の宣言後の地主による大規模修繕工事費の試算>
従来のスケルトン定借の実施例では、戸数20戸未満の小規模マンションが大半であり、一般定借地主宣言方式によるスケルトン定借においても、こうした傾向は続くものと考えられる。こうしたことから、図4に基づき、地主による建物取り壊し免除の宣言後の地主による大規模修繕工事費の額は、延べ床面積あたり概ね、16,000円/u前後と想定される。これは、前出の80uのモデル住戸1戸に換算すると、80u×1.2×16,000円/u=154万円/戸前後と算定される。
【原状回復のための積立金の地主による大規模改修工事への充当割合の設定】
- 以上の検討により、現状における80uのモデル住戸における解体工事費は、180万円/戸〜240万円/戸(整地等を含めて240万円/戸を採用する)、大規模修繕工事費は、144万円前後と試算される。
- 上記の大規模修繕工事費の解体工事費に対する比率は、154万円÷240万円=64.1%≒60〜70% と試算される。
- 上記試算は、多くの仮定に基づくものであり、案件によるばらつきも大きいものと考えられ、実際に上記比率の充当で、地主による大規模修繕工事に要する費用の全額が賄えるかどうかという点については疑問の余地はある。
- しかしながら、借地人による原状回復費用の積立額の相当部分が借地人に還元されることで、地主による宣言以前の借地人による日常の管理行為や修繕維持行為のインセンティブを保つという考え方もあり、また、借地期間満了後に地主が建物を再利用できるというメリットがあるため、修繕費が上記の額越える場合は、地主も一部修繕費を負担することが妥当と考えられる。
【結論】
以上から、上記試算の下位値である6割をもって、原状回復のための積立金の、地主による大規模改修工事への充当割合と設定する。
3.宣言による地主への建物所有権移転を担保するための仮登記(約款25条)
【仮登記とは】
不動産登記法では、その105条において、仮登記について、次のように定めている。
第百五条 仮登記は、次に掲げる場合にすることができる。
一 |
第三条各号に掲げる権利について保存等があった場合において、当該保存等に係る登記の申請をするために登記所に対し提供しなければならない情報であって、 第二十五条第九号の申請情報と併せて提供しなければならないものとされているもののうち法務省令で定めるものを提供することができないとき。
|
ニ |
第三条各号に掲げる権利の設定、移転、変更又は消滅に関して請求権(始期付き又は停止条件付きのものその他将来確定することが見込まれるものを含む。)を保全しようとするとき。
|
- 1号は、所有権が移転している場合の仮登記であり、2号は所有権が移転していない場合の仮登記である。したがって、1号仮登記は、所有権移転が生じていて本来なら本登記を申請するべきであるが、登記申請手続き上の必要な要件が具備されていない場合に、登記順位を保全するためにされる登記である。この例としては、登記済証(登記識別情報)が提出できない場合、登記義務者が申請に協力しない場合などがある。
- 2号仮登記は、所有権移転の効力は生じていないが、将来その所有権移転を生じさせることとなる請求が発生している場合に、その請求権を保全させるための登記である。この例としては、売買予約などがある。本件の仮登記は、この2号に該当する。
- また、所有権移転の効力発生が条件にかかっている場合にも、条件成就までの間の権利を保全するため仮登記がされる。農地の売買で、農地法の許可が停止条件となっている場合などである。
【本件スキームにおける仮登記の必要性】
本件スキームにおいては、地主による建物取壊免除(約款第21条)の宣言の効果として、本件土地賃借権の存続期間満了時における借地人から地主への建物所有権の無償での移転(約款第22条)が予定されており、当該所有権移転の第三者への対抗力を担保するために、当該建物所有権の移転登記が実行される必要がある。
この移転登記を確実にするための手段としては、予め、本件土地賃貸借契約時に、始期付所有権移転予約を登記原因とする所有権移転請求権保全の仮登記手続きを行っておくことが最も妥当と考えられる。この手続きを行わない場合、仮に、借地人が当該建物の所有権移転登記手続きを拒んだ場合には、訴訟を提起する必要があり、始期付所有権移転仮登記の必要性は高いものと考えられる。
【結論】
本約款では、始期付所有権移転仮登記を何時でもできるようにする。
なお、その時期について、最も望ましいのは借地契約の締結時である。ただし、地主が建物取壊し免除を宣言するために、その数年前から準備して設定することもありうるため、時期については明記しないこととする。