第二章 新しい都市住宅像を求めて


1 大きく変わる住宅双六

住宅双六

 「住宅双六」という言葉をご存じだろうか。これは、故郷を離れて都市に移り住んだ人々の住宅選びをゲームにたとえたものだ(注4)

 具体的に見てみよう。最初のスタートは、零細アパート。結婚して広めの賃貸マンションに引っ越す。このチャンスに、もし公的アパートに当たればラッキーだ。大切なのは、借家暮らしのうちに貯金をすること。それを頭金にして分譲マンションを買う。インフレの時代にはマンションが値上がりする。それを待って売り払う。最後は、郊外に庭付一戸建を購入して上がり(ゴール)というものだ。

 この双六を、それぞれの住所の特徴をとって、「荘→号→棟→字」とも呼ぶ。最後は郊外の一戸建だから、住所に「字」がつくというわけだ。

 高度成長期から現在まで、多少の変動があったものの、このゲームのストーリーは多くの人々の理想であり続けた。読者の中にも、心当たりのある方は多いだろう。

 しかし、高齢化と少子化によって、庭付一戸建は必ずしも理想のゴールではなくなりつつある。とすれば、住宅双六は根本からひっくりかえる。つまり、老後だけでなく、若い頃も含めて、人生全体の計画を見直すことが必要になる。

 これは、私達一人一人にとっても、そして都市の住宅政策にとっても、痛みを伴いつつも真剣に考えなくてはならない問題なのである。



定着層と流動層

 新しい住宅双六のストーリーとは何だろうか。これを考えるために、まず、定着層と流動層の区別をしておこう。というのは、住宅双六は、流動層の住宅選びを指したものだからだ。

 流動層とは、故郷を出、親の家を出て核家族で住む人々だ。典型は、地方から都市へ出てきて結婚したサラリーマン。都市で住宅を獲得するために、先に紹介した双六を歩む。

 一方の定着層とは、その土地で生まれ、そこに住み続けている人々だ。典型は、家業を継ぎながら、長男夫婦が親と同居する住まい方。農家や商家を代表とするが、近年は、サラリーマンの二世帯住宅も増えている。

 定着層にとっては、親から土地や家を受け継ぐから、双六とは無縁だ。庭付一戸建に親子が同居し、資産を子供に継承していくという形がほとんどだ。このような住まい方は、これまでの主流であったし、これからも一定の比率を占めるだろう。

 しかし、子供がどこに就職するかわからないサラリーマン社会では、同居や隣居・近居ができるのは幸運な人々だ。これからは、同居しない、あるいは同居できない人々にとっても、安心してくらせるビジョンが必要だ。庭付一戸建に替わる新しいゴールを問うのは、まさに、サラリーマン社会で確実に増える流動層を想定したものである。

持家志向は老後不安の表われ

 ところで、どうして住宅双六のゴールは借家ではないのだろうか。なぜ、多くの人は持家にこだわるのだろうか。その主な理由は、今日では、老後不安への対策であると思われる。

 例えば、老後も借家住まいでは、家賃値上げの不安があるし、いつ追い出されるかもしれない。それに、持家資産があれば、イザという時にそれを売って対処することもできる。老後の安心を得るためには、持家獲得が必要になるのが現実だ。

 これは、裏返せば、日本では老後福祉が不十分なことを示している。例えば、老後に家賃の安い公共住宅に入れたり、民間の借家でも家賃に関する補助があるならば、借家に住み続けようとする人が増えるだろう。しかし、定年後はもっぱら自助努力が求められるならば、誰だって持家をもつことを最低限の安心材料と考えるはずだ。

 あまり知られていないことだが、戦前の都市部では、持家率は二五パーセントにすぎなかった。第二次世界大戦を境にして持家率が上昇し、現在は約五六パーセントだ(注5)。単身や新婚の流動層が多い都市で、これだけ持家率が高いのは世界的には異常ともいえる。この理由の一部は、低福祉に甘んじざるを得ないサラリーマンの老後不安に起因していると考えて間違いがない。

 ところが、便利な場所の持家は価格が高い。そこで、郊外に家を求める。都市は郊外へと拡散(スプロール)する。その郊外が、高齢化、少子化で資産価値の維持が見込めないとなると、サラリーマンの持家戦略はあっけなく崩れ去る。

 新しい住宅双六の鍵は、このような持家戦略の崩壊の中で、老後不安をいかに解消するかにあるといってよい。



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