第十章 成熟社会の街づくりを考える
1 高齢化と家族像の変化
産業化+高齢化=成熟社会
郊外に無秩序に拡散した街は、これからの成熟社会を生き延びることはできない。つくば方式に込められた願いも、このような街を見直すことにある。では、どのような街づくりを展望しているのだろうか。
この終章は、一人一人の生活に直接関係するものではないかもしれない。しかし、私たちの次の世代にとっては、豊かな社会を維持できるかどうかの鍵の一つになるだろう。将来のために、今、みんなで考えなければならない課題なのである。
ところで、本書では、成熟社会という言葉をたびたび使ってきた。ここで、その意味を規定しておこう。それは、産業化の進展によって経済的な豊かさを実現しつつ、その一方で人口の高齢化が進み、安定あるいは停滞に向かう社会だ。要約すれば、産業化+高齢化=成熟社会、である。
成熟社会の到来は、家庭や地域に大きな変化をもたらす。そして、その変化を受けて街づくりも変わっていく。これについて、じっくりと考えてみよう。
親子同居は減少する
高齢化がすすむ成熟社会では、家族像はどう変化するのだろうか。最も大きな変化は、親子の同居がますます減少し、老人のみで暮らす世帯が増えることだ。
世界をみると、欧米に比べてアジアの国々の同居率は高い。これをみて、同居は、文化的あるいは宗教的な背景によるという主張がなされている。これは本当だろうか。おそらく謝った見通しだろう。
例えば、スウェーデンなどの北欧では、現在は別居が当たり前だ。しかし、農村が人口の中心であった一世紀前までは、同居が過半数を占めていた。それが、産業化による都市の発展と、それと並行して進められた高齢者福祉の充実によって、自然に別居が当たり前になり現在に至っている。また、ヨーロッパでも、イタリアは同居率が高い。これらをみると、儒教やキリスト教という精神的な風土の違いに、同居・別居の原因を求めるのは無理がある。
家族の住まい方に影響が大きいのは、やはり産業化の進展である。産業化とは、わかりやすく言い直すと、小さな家業に代わって資本力のある大きな企業が台頭し、そこに勤めるサラリーマンが多くなるということだ。
わが国でも、戦後、次男、三男を中心に急速にサラリーマン化が進んだ。これによって、都市の膨張と核家族化が進んだのは周知の通りである。そして現在、零細・小規模の家業がますます衰退し、その一方で、企業活動が広域化・国際化するにつれて、長男であっても家業をすてて実家を離れることが普通になった。それが産業化社会の宿命である。裏返せば、残された老人のみで暮らす世帯が増えるということである。
同居の性格も変化する
一方で、運よく、親子が同居できたとしよう。その場合でも、同居の性格は、根本から変わっていることに注意する必要がある。
昔の同居は、家業を継ぐものであった。そこでは、親子は、生計つまり財布を一つにする共同体であった。現在でも、農家は、一つの経済単位である。それゆえ同居が当たり前なのだ。しかし、親も子も、別の企業に勤めるサラリーマンであったらどうだろうか。財布は別だし、むしろ生計を一つにする方が不自然だ。それに、家業に関わる話し合いの必要もないため、同居しても価値観が共有しにくい。ドライにいえば、もともとサラリーマンに同居は向かない。
しかし、それでも同居を選ぼうとする理由が日本ではある。一つは、地価が高いため子世帯の住宅購入が難しいことだ。二つ目は、共稼ぎの増加だ。つまり、主婦が働きに出ている間の育児を親に期待するわけだ。三つ目は、親側の理由である。老後福祉が未発達なため、イザという時には子に頼るしかない。このような理由が合わさって、日本では依然として同居が選ばれやすい。
しかし、同居の性格は変化する。
一つは娘夫婦同居の増加だ。家業を継がないサラリーマンでは、長男が同居する必要はない。それならば、より近くに住む親、より気兼ねのない親との同居が進むことになる。つまり娘夫婦との同居である。これを「マスオさん現象」というそうだ。漫画の「サザエさん」の夫の名前をとった言葉だ。サザエさんの家は磯野。そしてマスオさんの姓は福田。典型的な娘夫婦との同居である。
もう一つの大きな変化は、二世帯住宅の普及だ。つまり、台所を二つ設けて、「同居しつつも暮らしは別々に」という住まい方である。新しい住まい方には違いないが、実は、二世帯住宅が普及しているのは日本だけだ。欧米では「スープの冷めない距離」、つまり近居が普通だ。
二世帯住宅のキャッチ・フレーズは、「嫁と姑の気兼ねをなくす知恵」で、いかにも現代的な響きがある。しかし、その根もとには、産業化が著しく進展しながら、土地と福祉の問題が未解決のままという、日本の特殊事情があることを理解しておくことが必要だろう。
親子関係の将来は
さて、成熟社会における親子関係の将来は、次のように予測できるだろう。
まず、全般的に、産業化、あるいはサラリーマン化の影響を受けて、別居が増える。しかも、これに人口の高齢化が重なって、老人のみで暮らす世帯が急増する。これはすでに、統計データからも読み取れることである。そして、このような動向の中で、同居がどの程度維持されるかは、土地と福祉の将来に左右される。もし、土地問題が解決され、老後福祉や保育所が整備されれば、同居よりは、西欧並みの近居を選ぶ人々が増えると予測できる。
しかし、土地、老後福祉、保育、いずれの問題も簡単に解決できるものではない。しばらくは親子同居への期待は残るだろう。結論を言えば、「別居世帯の増加と二世帯住宅の定着」が、当面の方向であるとみて間違いがない。
さて、これからの成熟社会では、子世帯に多くを期待することはますます難しくなっていくだろう。そのような中で求められることは、もし家族と同居できなくても、それなりに安心できる老後の住まい方のビジョンを描くことだ。このことが、人々の将来不安を解消し、豊かな社会を実現するための鍵なのである。
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