2 成熟社会における地域コミュニティ
伝統的な地域共同体の特性
では、地域社会は、老後の居住ビジョンの中で、どんな役割を果たすのだろうか。これを考えるために、まず、かつての地域共同体の特性を整理してみよう。
@職住が一体化している。
例えば、商店街や農村では、地域は仕事上の利害を分かち合う場でもあった。このような仕事関係が、自然に運命共同体としての意識を育む。地域で一人暮らしのお年寄りへの援助がみられたのは、地縁に加えて職縁という性格が大いに寄与していたからだ。現代でいえば、企業による老後福祉ということだろう。
A多様な世代が混ざり合っている。
二つ目は、三世代同居が多いため、幼児、成年、老人と多様な世代が混ざり合っていたことだ。これは、地域の活力を維持する大きな要因となる。
B定住する家が核になっている
さらに、家業が継承されるため、そこに代々住み続けてきた家、あるいは住み続けようとする家があった。隣人は幼なじみであり、万一の時には助け合う意識は自然に生まれやすい。
産業化と地域共同体の崩壊
これに対して、サラリーマンで構成される現代の地域社会は、それとは正反対の性格をもっている。
まず、職住の一体化に対しては、仕事場は別にあり、純粋に住宅だけが集まる場にすぎなくなっている。つまり、生産の要素をもたない「消費」の場である。そこに、かつての職縁のような緊密な相互扶助を期待するのは無理がある。
また、郊外の一戸建であれ市街地のマンションであれ、住宅を購入する世代が四〇歳前後の同世代が多い。つまり世代的に「均質」集団になっている。だから一斉に高齢化する。これは重大な問題を引き起こすもととなる。一斉高齢化の中での老後の相互扶助は、片務性が強く、先に支援を受けた者の勝ちである。つまり、見返りのない相互扶助となり、いずれ終局を迎える。
さらに、サラリーマンの宿命として転居が少なくない。居住者の「流動性」が高い中では、幼なじみがつくるコミュニティを期待するのは無理がある。
以上の三つの特性により、現代の地域社会はかつてのような濃密な人間関係をもちにくい。趣味のサークルといった、サラリとした人間関係が主流となる。
しかし、高齢化の進展は、再び地域共通の利害を生もうとしている。定年後は、会社ではなく地域が主流な生活の場となるからだ。もし、老人のみで暮らす世帯が多ければ、好むと好まざるとにかかわらず、ある程度の相互扶助が求められる。その時に、地域コミュニティに何を期待すればよいのだろうか。
地域に期待される役割
老後の生活の安定をはかるためには、具体的には、次のような役割を地域に期待することが必要になろう。
一つは、急に何かあった時の安心感の提供である。
もちろん、現代の隣人には、寝たきり老人の介護のような重い負担を期待するのは無理だ。しかし、急に倒れた時に助けを求めるというような一時的な助け合いは可能だろう。そして、それができるだけで、老後の安心感が大きく異なる。
第二に、費用を明確にしたサービスの整備だ。
例えば、店舗が近くのないならば、生活協同組合などの宅配サービスを活用する。そのための、地域の協力関係は十分につくることができるだろう。このような相互扶助は、参加したい人だけがサービスを利用すればよいし(選択の原則)、地域内の人間関係にとどまらずに、地域外に広がるネットワークを生み出す(二重構造の原則)。その点で現代のコミュニティ像とよく調和する。
第三に、寂しくないという情緒的な安定を提供することだ。
老後の安心には二つの側面がある。一つは、身体が不自由になっても大丈夫だという介護面であり、もう一つは寂しくないという情緒面だ。このうち、介護の役割は、現代の地域社会が担うには重すぎる。おもに期待できるのは情緒面だろう。例えば、友人が多ければ暮らしやすいし、自治会などでの役割を担うことも老後の生き甲斐を支える。マンションの管理組合の活動は、そのような役割を果たす格好の場なのである。以上の他にも、いろいろな可能性があるだろう。いずれにしても、老後の住まい方の中で、地域社会が一定の役割を果たすことが重要になってくる。
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