第三章 つくば方式マンションの衝撃
1 マンションの常識を変える
八年の歳月をかけて完成
平成八年の夏、つくば方式による第一号住宅が完成した。場所は、筑波大学に隣接した住宅地。研究に着手してから八年、実現に動き出してから三年余りの歳月が流れていた。
完成パーティの会場は、真新しい建物の一階にある集会室だ。主役は、一二世帯の入居者と地主さん家族。それに、支え役を果たしたプロ集団「つくばハウジング研究会」(注6)のメンバー、総勢五〇人。
価格を安くする借地方式が全国初ならば、間取りの自由設計を支える構造体の造り方も初めての試み。企画から完成まで試行錯誤の連続だった。苦労の末だけに、みんなの顔もほころぶ。念願の第一号が完成したことで、後はスムーズにいくだろう。二号、三号と続々とできるという研究会からの報告に会場が華やぐ。
パーティは二時間にわたった。一旦、お開きになった後も、お酒好きの面々が集まり、ゆっくりと飲み交わす。これからの住まいに夢は尽きない。
地域へ開かれたコミュニティ・ルーム
この集会室の自慢は、風呂付きで宿泊できるようになっていることだ。「酔ったらここに泊まればいいよ」と入居者の一人がいう。一瞬その気になったが、完成直後で布団がない。いずれ、備品もそろっていくだろう。
トイレにいくと、車椅子も使える広さにびっくり。その上、すべての入口は引戸で使いやすい。きめ細かい配慮だ。ここは入居者の施設だが、地域に開放して、いろいろな活動の拠点にしていく予定だ。だから集会室ではなく、コミュニティ・ルームという。この名称は、みんなで相談して決めたものだ。
本物志向の建物空間
ひと息ついた夕暮れ、長年の思いを込めて建物を見回る。
コミュニティ・ルームを出て二階に上がる。そこには庭園がある。南北二つの棟に囲まれ、周囲の喧噪から離れた居住者のオアシスだ。まだ植樹はない。秋になって根付きがよい時に植える予定だ。この階では、住宅が庭園とのつながりを重視して設計されている。家の中からの借景は、まさに一戸建感覚だ。
三階より上は、廊下による構成だ。エレベーター・ホールはたっぷりと広く、廊下にもゆとりがある。さらに各戸の玄関まわりは、専用テラス風になっている。入居後は、植木鉢があふれる楽しい場所になるだろう。
エレベーターのある南棟から北棟にはブリッジが渡っている。ブリッジを渡って北棟にいくと、玄関が家の南側にある珍しい形式だ。一戸当たりの間口の広さは、なんと一二メートルもある。普通のマンションの倍だ。これなら、家の南側に玄関をとっても支障がない。マンションの常識を超えている。
四階に上がると、早くも引っ越しをしている人がいる。待ち切れないのだという。室内を覗くと空間のゆとりにはびっくりする。
最上階の五階に上がると、間近には筑波大学病院の茶色い建物、遠くには筑波山が見える。良い眺めだ。屋上に専用庭園付きの家がある。五階に一戸建風とはなんと贅沢な。日当たりは最高だ。その専用庭園の脇には、みんなが使える展望台がある。夏には、筑波山を見ながらビールでも飲んで夕涼みする光景が浮かんでくる。
一階のコミュニティ・ルーム、二階の庭園、そして五階の展望台と共用スペースが豊かだ。改めて、ウナギの寝床のような普通のマンションとの落差を感じる。こんな贅沢ができるのも、新しい借地法式のおかげだ。つまり、土地にはお金をかけない。そうすれば、建物にお金をかけることができる。 この建物を歩いていると、日本の住宅の貧しさは、土地問題に起因しているということがよく実感できる。
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